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劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語 感想

2013年10月27日 21:50

madokahang002.jpg

公開初日朝一で見てきたので、感想を。
ネタバレ全開なのでご注意。

これがほむらの選択なのか…
衝撃だった。過去2作では酷評に近かったが、今作は予想を遥かに上回る面白さで、文句なしの絶賛である。結界世界で一時的な再開を果たした杏子とさやかの遣り取り、そしてまどかを思い永遠に魔女であろうとするほむらの姿に、おもわず泣いてしまった。
中盤で概ね察したまど神さまお迎え、そこまでは想定の範囲内であった。が、例の「ほむらに手を伸ばす女神まどか→ガシッ」のシーン以降、全てを超越した。怒涛の展開に目が釘付けとなった。起承転転結。見終わってからの第一声が出ずに、考え込んでしまった。

ただ、後から振り返れば、叛逆の物語の流れはとても論理的で、ほむらが悪魔となることは最終的に避けられない展開だったように思える。

結界世界はほむらが創りだした世界で理想郷だ。そして結界内での主要登場人物は、外の世界から集められ、捏造された記憶が吹きこまれた存在であった。一番初めはまどかからの視点が描かれているために分け隔てなく登場人物が描写されていたが、途中のほむら視点に切り替わると、作りだされた人物の顔は表示されなくなる。巧い仕掛けだ。
結界世界のまどかは紛れも無く外の世界から呼び出した女神の一部であるが、外の世界の記憶は全て失われ、神の力も覚醒しておらず、いつも笑っている(本来のまどかとは到底離れた姿である)ほむらにとって理想の姿だった。
ほむらは初めから魔女だったが、結界世界に入った段階で全て忘れており、いずれ矛盾が残された世界の謎から、連鎖的に本来の目的を思い出す自動的な仕掛けが施されていた。QBについては、今回も功利主義の極地をゆき中盤までドヤ顔での説明を披露しながら、最後は手のひらで踊らされていたのは視聴者だけでなくQBもだったという衝撃。終盤は我々の代弁者となり、ほむらの愛に感化されボロボロになる始末。
初めから女神まどかのカバン持ちとして送り込まれたさやかの猿芝居も見事だった。

ほむらは本来ならばこの結界世界で一生を過ごすつもりだったのだろう。しかし、ほむらはまどかとの夜の会話で「本当は概念などになりたくはなく、皆と一緒にいたかった」という本音を知ってしまった。これはほむらの最終的な行動を決定づける要因となった。なぜなら、ほむらはまどかの幸せを願うために魔法少女となり、世界を敵にしても、まどかから嫌われても彼女の幸せを願うために行動していたし、これからも続けるからだ。まどかのためにループを続け、まどかが概念となってもこの世界を守り続けると、それが彼女のためであると、後編の最後でも語られていたではないか。
まどかは「全ての魔法少女を助けるかどうか」という選択に迫られればそれを選ぶ勇気を持ってしまっていたが、個人の思いは別にあったのだ。その願いをほむらが知った段階で、今までの行為の持つ意味は全く逆のものとなった。
すなわち、自らが悪魔になっても、まどかが抱える救済の役割を引き剥がし、一人の普通の人間として人生を歩ませ、まどかの願いを叶える必要が生じたのだ。皮肉なことだがそれは同時に、ほむら自身の欲望を正当化させ、愛を押し付けた行為でもあった。

この感情の動き、自己の欲に覚醒し、押し付ける事を止められない姿勢にこそ、強い人間性を感じた。愛は高次でも独善的なものなのだ。
同じ虚淵作品の沙耶の唄、ガルガンティアやサイコパスでは人間の姿、魂、思想において人間であることの意義が強く訴求されていたが、本作もまた、神よりも人間であれ、といった思想が息づいているように思えた。神から引き摺り下ろされて人間やってるというのは神話的でもある。
新世界では、魔法少女から切り離すために転校生としてまどかは一人から始まり、またマミさんも、杏子も、さやかも一人だった。上條と仁美を見て、切なさに涙を流すさやかの姿。なんて非常で、そして現実的なのだろうか。

本作の賛否を分ける一つの論点は、思想に納得できるかという点ではないだろうか。結末について言えば、多くの魔法少女を救おうとした慈悲を持つまどかのマクロ的(だが魔法少女のみに限定したという点では制限のある)思想、人間という枠を超え、キュウべぇの宇宙全体の利益を追求する功利主義思想、そしてまどかの幸せのみを願って行動したほむらの個人主義思想である。

だらだらと書いたがいくつか気になった論点を上げてみる。

01. さやか達と魔女の関係
女神まどか登場時の馬車はワルプルギスの夜が引き連れる象であり、さやかはオクタヴィアを使役していた。パンフにはオクタヴィア以外の魔女も率いていたとある。円環の理で導いた魔女を、女神まどかは引き連れているという認識だが解答は示されていない。
さやかは改変世界では魔女になっていないハズでは…?オクタヴィアは、さやかが魔法少女となったタイミングで生まれていた。(ソウルジェム=魔女の卵である)魔法少女化の時点で存在はあって、顕現するかどうかだったことになる。それをまど神によってコントロールできるようになったと認識。
ただ、なぜさやかやなぎさが女神まどかのカバン持ちに選定されたかは気になるところだ。

02. ほむらが悪魔になるタイミングと取り込んだものについて
悪魔になったことでまどかを引き裂くことが出来るようになったのか、それともまどかの一部を取り込んだために、悪魔になれたのか?鶏と卵のような話だが、やや気になった点。
感情の極み(愛)がほむらを悪魔化させたとするなら、前者。
ただし、取り込んだ概念の一部がまどかの人格部分だけでなく円環の理部分も含むかは曖昧なままであり、円環も含まれていたなら後者もありうる。ほむらが概念までも取り込んでいたのであれば神の併存である。

03. 円環の理の書き換えシステムについて
終盤の半分に欠けた月は、円環の理の半分が失われたことを意味しているのだろう。
ほむらが理も含めて半分をもぎ取っていったのか、まどかの人格部分のみが円環の半分を占めるほど大きかったのかはポイントだ。いずれにせよ、バランスが取れなければ理が破綻しかねない。(次回作への布石?)
新世界への書き換えもまた、円環の理が欠けたことでそこを埋め合わせる自動的なシステムが働いて改変が起きたのか、ほむらが自ら改変したのか。私的な解釈ではほむらの望む世界に変わっていることから後者。

04. 飛び降りの意味
単なる物語の区切りという認識。
そのほか上げられるのは、「人・魔法少女・魔女・QB」という食物連鎖的構造から外れたほむらが舞台の外側に飛び出した、という描写。
もしくは、後編ラストの「屋上から飛び降りて、黒い翼を広げたほむらが魔獣に矢を向ける」という同じシチュを描きながら思いの違いを示したという見方も出来る。

05. 新世界の設定
皆一人、円環のカバン持ちは記憶を忘却、魔獣、魔法少女は存在。
リリほむさんが「魔獣を全て倒した後は世界でも滅ぼそうかしら」みたいなことを話していたことから、魔獣は存在するという認識。さやかの爪に魔法少女の印が残されていたことから、魔法少女も存在するとみられるが、旧世界と同様の魔獣討伐システムとなっているいるかは不明。

06. ラストでQBさんがボロボロになっていた訳
→ドSな悪魔ほむらに使い倒されていた(;゚∀゚)=3か、エネルギー量をコントロールされているという認識。
魔法少女がいない世界なら魔獣の討伐は悪魔ほむらが行っており、つまりQBのエネルギー摂取量が操れる。

07. ほむらは結界世界で当初どういう結末を考えていたのか
→①そもそもまどかの本心を知ることを目的として用意した舞台だったのか、②初めからさやかたちが自分たちを倒すことを見通してまど神さまに浄化される気だったのか、③まどかの存在をQBから隠匿するために結界世界で魔女となって過ごすつもりだったのかと色々考えたが、結論は②に近く、少なくとも、当初ほむらはまど神に導かれることを受け入れていたように思える。
ただ、円環の理の及ばない観測所で幾度も行われた実験にほむらがどこまで協力的だったのかは曖昧。そもそもQBの策略によって強制的に連れてこられたのであれば本人の意志ではない。


つくづく虚淵凄いなと思うのは話のロジカルさに加えて、例えば「あれ、前後編の時のほむらはもっと壊れそうでありながらも真っ直ぐではなかったか?性格変わりすぎじゃね?」という主張が、パンフで先にしっかり釈明してあって、その変化を「ほむらの成長」と表現していること。「キャラのブレ」と捉えたらマイナス評価になるとまで書いてある。リスクヘッジまで筋を通している。これは本当に凄い。
ハッピーエンドかどうかって?あの明るいED曲を聞いて暗い気分になんて到底なれませんでしたね。

前後編は幕開き・幕引きで開始・終了が示されていたが、今回はWelcome to cinema から End Finの演出が素晴らしいと思った。もう一度見て、咀嚼しなおしたい作品である。


その他雑感
・初週特典の色紙。(5種類の内ランダム)
開ける前の私:マミさんが当たりませんようにマミさんが当たりませんようにマミさんが当たりませんように(ファンの方すいません)
結果:
madokahang004.jpg
(;´∀`)ヨカッタ
後編と比べるとサイズも小さくなりコストダウンも図られた印象。
・開幕前に化物語とのコラボで注意事項説明が。ナレーションはミズハス
・Welcome to cinema >>> end.
・序盤がまどか視点、途中からほむら視点へ
・マミさん発案と思われる魔法少女の新変身シーンが不思議ダンスとチーム名
・プエラ・マギ・ホーリーカルテットを見滝原ホーリーカルテットに空耳
・温かい魔法少女モノの世界が作り物そのものの気持ち悪さ
・開始20分でこれは(悪い意味で)やっちゃったかもしれないと危惧(杞憂)
・京子ウィダーインゼリー
・戦闘シーンの時間差銃撃戦が格好良すぎる。ただ街が滅びる
・意外と意味のあった円環の理(円はまどかを指す)
・ほむらが寝ていた場所は観測所と呼ばれる円環の理が及ばない世界
・キュウべぇの度重なる実験によりほむらのソウルジェムは濁り、傷ついていた
・魔女戦での杏子とさやかの会話で涙腺崩壊
・感情の極みでソウルジェムはダークオーブへ
・なぎさは本当にただのサブキャラクターであった点は予想を裏切られた
・「こんな結末になるとはね。わけがわからないよ」QBが俺らの代弁をしてる…
・魔女ほむちゃん(;´Д`)ハァハァ/lァ/lァ/ヽァ/ヽァ ノ \ア ノ \ア / \ ア / \ ア
・上條と仁美を見て涙をながすさやか
・悪魔ほむらちゃんのまつ毛とすれた感じが実に良い
・QB愛を知りボロボロになる
・明るいと感じたED曲
・飛び降りはあくまで物語の区切りとしての解釈。
・(パンフより)新房監督「内容は脚本家に任せた」→後半虚淵「当初まど神のシーンで終わる予定だったが、ほむらを神と同等の立ち位置にしても良いのではとの新房監督の提案が」任せてねぇwwwwwww
・私「まどか愛の深さではもう到底ほむらに叶わねぇな」
・友人「ほむらデーモン」

なお、絞り出した第一声は
「……ほむらちゃんマジ堕天使」


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